編集部(以下編) 『ネットじゃできない情報収集術』というタイトルですが、漆原さんは決して「ネット否定派」ではないですよね。漆原 はい。ネットは便利だし大好きです(笑)。ただ、ネット万能主義というか「ネットさえあれば何でもできる・何でもわかる」みたいな考え方には違和感を覚えます。たとえば、ネット黎明期からのユーザーは「ネットの情報は玉石混淆。それをどう捉えて、扱うかは自己責任」と、ちゃんと踏まえていた人が多かったと思うんです。情報の信憑性とか正確さを重視するならソース(情報源)を確認するべきだ、みたいなスタンスもわきまえている。「ネット上にあるソースが不明瞭な情報は、とりあえず話半分で捉えておくほうが無難」という共通理解があった。ところが、ネットが普及してユーザーのすそ野が広がり、初心者ライトユーザーのほうが多くなるにつれて、新聞や雑誌など旧来のメディアと同じ信頼感でネット上の情報を捉える人が増えてきたように感じるんですね。ネットしか見ないで、「ネットにそう書いてあったから」なんて発言を平気でするわけです。他の情報源を確認するなり、自分で調べるなり、ソースを確認することを怠り「何でもネットで得られるのだから、それでいいじゃん」みたいな価値観が当たり前になってしまうのは、いかがなものかと。かと思えば、一方でネット全否定みたいなことを言う人もいたりするし(苦笑)。もっとバランスよく情報源に接していくほうが、広がりがあるのになあ、という思いがありました。編 そこで、ネット以外の情報源を持とうよ、というのがこの本のテーマの一つでもあるわけですね。漆原 基本的には社会人だったらフツーにできることを書いたつもりです。要は「どんな情報も煎じ詰めれば“人”に行き着く(人が発信している)」ということ。だから、「他者とコミュニケーションを取らずに仕事なんてできないし、生きていくためには他者と交流する力がイヤでも求められるでしょ」というスタンスでまとめていきました。たとえば、経理マンにしろエンジニアにしろ、その職域でしか通用しない「ムラのコトバ」しか発することができなくなっている人って案外多いんですよね。それ以外は、「いい天気ですね」「そうですね」みたいな平べったい会話しかできない、というか。交渉や情報発信のプロである営業ムラや宣伝ムラの人ですら、その世界でしか通じない言葉でしか話していないという現実があります。僕は出版ムラが出自の人間ですが、世間的にわりと近いと思われていそうな広告ムラの人が「コンシューマのニーズにダイレクトにリーチ」とか「アグリーする」なんて言ってるのを聞いちゃうと笑っちゃいますから。個々人がそれぞれの「ムラ」の中で閉じちゃうのは凄く違和感があるんです。というか、もったいない。記者という仕事をしていていつも感じるのは「どんな世界でも『プロの仕事は面白い』」ということなんですが、情報収集の手段というだけじゃなく、プロの仕事の面白さを知るために「ムラ間」を超えたコミュニケーションのコトバが必要だし、聞くこと・伝えることを面倒くさがる人のところに面白い話なんて入ってこないと思うから。考えようによっては、ムラ特有の表現や言い回しは、さっきの広告マンみたいな例だと鼻につくけど、一方で会話を盛り上げるフックにもなりうるんですよ。編 本書で漆原さんが仰ってた「世間話の大事さ」ということですね。漆原 これは本書において「情報収集」とともに大事なテーマなのですが、どれだけ「ムダ」や「遠回り」を上手に生活に盛り込めるかがカギなんじゃないかと。社会がデータや理論ばかりにとらわれて杓子定規に動いていったら非常にマズイと思うんです。たしかにルーチンワークはマニュアル化して、より効率的に処理する方法を追求して然りでしょう。ただ、ブレストや人を楽しませるための企画を検討するに際して、データや理論を最重要視した効率一辺倒の考えを持ち込まれることには強い拒否感があるんです。面白いことを考えるのには「ムダ」や「遠回り」が必要。「世間話」はその最たるものかもしれません。本書にも書いたんですけど「雑談を軽んじて世間話もできない営業マンとは取引しない」って言ってる中小企業のオーナーもいるほど。実は、本書って世間話のネタ探しから実践法までも網羅したお役立ち本でもあるんです(笑)。